江の島海水浴場協同組合【片瀬西浜公式】

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江の島の変遷~いくつかのターニングポイント①~

江の島の変遷~いくつかのターニングポイント①~

こんにちは!
片瀬西浜「江の島海水浴場協同組合」Web担当、タッキーです!

以前の投稿で住所表記が「江ノ島」から「江の島」(”の”が平仮名)に変更され、以降は一般的に「江の島」が使用されていることをお伝えしました。

太古の時代より、江ノ島は人々に親しまれて参りました。
歴史的・文化的な記述にも多く登場し、色々な変遷があったことは容易に想像できます。

そんな歴史の証人とも言える、江の島ですが、タッキー的「ターニングポイント」をご紹介します!
(今回と次回はは馴染みやすい「近現代編」です。お伝えしたいことが増えたら、また投稿しますね笑)

1872年 江島神社が”神社”になった!

今も昔も変わらず、江の島と湘南を守り続けている江島神社ですが、、、
実はお寺だったんです!!!

とても簡単な説明になりますが、
・元々日本には、仏教伝来以前に”神”を祀る習慣があった。
 ※仏教伝来は552年(538年とも言われる)
・仏教伝来後、信仰という括りで”神”と”仏”は同じように扱われ、いくつかの神社が寺として扱われる。
 ⇒江島神社は「金亀山与願寺」というお寺であった。
・明治元年(1868年)の廃仏毀釈により三重塔の他多くの仏教施設や仏像などが破壊され、
 明治6年(1872年)には、仏式を廃して神社となり「江島神社」へ改称された。

日本人とっては、神社もお寺も大変馴染みの深いものですが、身近な江島神社が元はお寺であったことに驚きです!
また、神社になったのも意外と最近?のことで、さらに驚きです。

他の神社も明治元年(1868年)の廃仏毀釈でお寺から神社になったところも多いようで、調べてみると面白いかもしれません。

1891年 橋が架かった!

江の島と陸を結ぶ橋として、地元の人にはお馴染みの弁天橋ですが、その原型となる橋が架かったのは明治時代のことでした。
20000年前には、江の島も陸続きであったとのことで、現在も潮が引いた際には、ほぼ陸続きです。
橋が架かる以前は、馬や船で陸と往来をしていたとのことで、橋が架かったことで、利便性が大きく向上し、島内に住む人も増大したそうです。
1891年当時は砂州の途中からの桟橋でありましたが、1897年には村営(当時は川口村とう村でした)で完全に陸と繋がりました。
この当時、まだ江ノ電が開通する以前のことです。
また、橋を渡るのは有料であったそうです。


※写真は、1890年代の江の島(当時は江ノ島)の様子です。

ごく身近にあるものでも、そのルーツを辿ると当時の歴史・文化的背景が浮かんできて、とても面白いですね。
特に江の島は、歴史的な資料も多く調べがいがありました!

次回は、現代のターニングポイントについて投稿しようと思います。

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